FXのトレードにあたって、米ドル/円の動きを探る方法には、テクニカル分析、ファンダメンタルズ分析、サイクル分析など、実に様々な方法がありますが、今回は中長期的な通貨のトレンドを探る方法の一つとして、財務省が発表している貿易統計から円高・円安のトレンドを探る方法をご紹介したいと思います。
早速見ていきましょう。
実需における貿易と為替の流れ
まずは、おさらいも兼ねまして、「実需」と呼ばれる海外とのやりとりにおける貿易と為替の流れを見ていきたいと思います。
下は、それを非常にシンプルにイメージ化したものになりまして、例えば、日本の自動車メーカーがアメリカに日本の自動車を輸出をした場合の貿易と為替の流れになります。
車をアメリカで販売するには、まずその車をアメリカに持ち込み、そして、現地通貨である米ドルで売り上げを作ります。
そして、販売元の日本の自動車メーカーは、最終的には、その販売で得た「利益」を日本円に換えるという流れになります。
上記の例では自動車メーカーの例を事例として取り上げましたが、国対国という、もう少し大きな視点で眺めてみますと、日本は電気機器、輸送用機器など多くの製品や部品をアメリカへ輸出し、一方でアメリカからは、資源や食料品、工業製品などを輸入しています。
そして、国対国で見たときに、最終的にどちらかが黒字あるいは赤字になりまして、「黒字」を出している方の国の通貨が、上のイメージのように、実需としては、通貨高の圧力が掛かるということになります。
それを簡単に整理したのが下記の表です。
貿易の状況 | 為替への圧力 | |
---|---|---|
日本 | 貿易黒字 | 円高 |
日本 | 貿易赤字 | 円安 |
アメリカ | 貿易黒字 | ドル高 |
アメリカ | 貿易赤字 | ドル安 |
「貿易赤字と円安」×「貿易黒字と円高」
では、実際に米ドル/円の為替相場が、日本が貿易黒字や貿易赤字のときに、どんな動きをしてきたかを見ていきましょう。
下記は日本の対世界での輸出入額及び差引額の1971年から2015年までの推移になりまして、青い丸の箇所が日本が貿易赤字に陥っていた期間(1980年前後と2011年から2015年の期間)になります。
一方、黒い丸の期間は、おおむね日本が貿易黒字を計上していた時期になります。
出典/財務省 -貿易統計-
では、その頃の米ドル/円がどういう状況だったかを見てみましょう。
下記はアメリカのセントルイス連銀から引用してきた米ドル円の1971年から2016年までの長期チャートになります。
出典/Japan / U.S. Foreign Exchange Rate-FRED® Economic Data-
まず、日本が貿易黒字を出していた期間を見てみますと、アップダウンはあるものの、趨勢的には、貿易黒字が高い水準で推移している間は、かなりの確率でドル安円高が進んでいることが分かります。
また、日本が貿易赤字に沈んでいた時期には、それなりの規模でドル高円安が進んでいたことが確認できます。
日本の「貿易赤字と円安」・「貿易黒字と円高」の相関の強さ(その背景にある日本の実需)が、いかに為替レートに大きな影響を与えているかがお分かり頂けるかと思います。
FXでトレードをしていると、ややもすると、投機筋が相場を日々、動かしているような印象を受けかねないですが、実際のところは、貿易収支と為替レートの連動性が高いことが示す通り、実需によって動いている割合が、相当高いというのが為替相場の実情になるかと思います。
日本の貿易収支のカギを握る「資源価格」
ここまでの説明で、日本が貿易赤字が拡大傾向にあるときは「円安」が進みやすく、貿易黒字が拡大傾向にあるときは、「円高」が進みやすいということが分かりました。
では、日本が今後、貿易黒字か貿易赤字のどちらに向かうのかということを予想できれば、為替の先行きについても、かなりの精度で、中長期的な見通しが立てやすくなるということになり、これはFXのトレードにおける相場観を作るにあたって、かなり貴重な情報元となります。
しかし、日本の貿易収支がこの先、どうなるのかということを予想するのは、世界の景気敏感株と呼ばれる日本の貿易の状況を予想するということを意味していまして、決して簡単なことではありません・・・。
とは言え、全く手立てがないわけではありません。
それを研究するのにふさわしい材料として、2012年-2016年の為替レートの変動があります。(アベノミクスの掛け声とともに、大胆な金融緩和が行われる一方、貿易赤字が大きく膨らみ、そして、貿易赤字が急速に減少した)
具体的に見ていきましょう。
まず、ご覧頂きたいのは、日本の2012年から2015年の輸出の状況で、輸出額そのものは緩やかに拡大はしているものの、その構成比に大きな変化は見られません。
出典/財務省 -貿易統計-
一方、輸入の状況を見てみますと、輸出の状況とは異なり、輸入総額も2015年にガクンと減っているだけでなく、その中身にも、かなり大きく変動している品目が存在していることが分かります。
出典/財務省 -貿易統計-
その中身とは・・・下記の表にある通り、「鉱物性燃料」になりまして、具体的には、原油・液化天然ガス・石炭・液化石油ガスといった品目になります。
出典/財務省 -貿易統計-
つまり、2011年に日本を襲った東日本大震災をきっかけにして、日本の燃料輸入コストが大きく跳ね上がることになってしまった結果、日本は2011年から2014年の間、貿易赤字が年々拡大することになってしまっていたのです。
出典/財務省 -貿易統計-
そして、財務省の貿易統計をもう少し注意深く見てみると、2015年に貿易赤字が急速に減少していることがお分かり頂けるかと思います。
これは一体、何が起きたのでしょうか?
出典/財務省 -貿易統計-
鋭い方はもうお分かりの通り、日本の2015年の貿易赤字縮小に大きく寄与したのが、世界的な商品価格の下落です。
その代表的な存在が原油価格(WTI/1バレル)で、2014年から2016年まで高値100ドルから30ドルまで、約70%も値下がりしました。
では、ここで、2012年から2016年までの米ドル/円の為替レートをもう一度、見てみましょう。
出典/Japan / U.S. Foreign Exchange Rate-FRED® Economic Data-
2011年の東日本大震災をきっかけにして、日本の燃料輸入コストが急激に増大した結果、日本の貿易赤字が急速に拡大し、それに伴って米ドル/円も80円から120円へ、約40円という大きな値幅の円安が巻き起こりました。
そして今度は逆に、2014年から2016年にかけて、原油価格などの商品価格の下落とともに日本の貿易赤字が急速に縮小し、それと連動するかのように、今度は米ドル円が、今度は円高トレンドに入っていきました。
いかに「資源価格」が日本の貿易収支に大きな影響を与え、そして為替レートに大きな影響を与える存在になっているかがお分かり頂けるかと思います。
つまり、日本の貿易収支を利用してFXのトレードを行うカギは、「資源価格」が握っていると言っても過言ではないのです。
ちなみに、ドル円が円高トレンドに入った2015年の秋から2016年の春にかけては、黒田日銀総裁による量的緩和(黒田バズーカ3)があっただけでなく、マイナス金利導入などのかなり大胆な金融政策も施行されました。
しかし、そうした大胆な非伝統的な金融政策にも関わらず円高が進んでいることから、改めて、貿易収支と為替レートの連動性の高さ、そして、実需が為替レートに与える影響の大きさが浮き彫りになる形になっています。
FXで貿易収支を利用してトレードする方法
では続いて、これまでのデータをもとに、FXでどんなトレードが考えられるかを見ていきたいと思います。
〇原油価格の下落とドル円のダイバージェンスを狙う
米ドル円は、貿易収支との連動性が高いという特性がありますが、実は、原油価格が下落したからと言って、米ドル円が”直ちに”円高になるかというと、そうではありません。
下記をご覧いただくと、お分かりの通り、原油価格は2015年の間、かなりの下落を演じているにもかかわらず、米ドル/円は120円~125円の間で高値推移を続けています。
なぜ、こんなダイバージェンス(※相場でよく使われる言葉で逆行現象のこと)が起こるかと言いますと、原油価格が実業界に影響が出てくるまでに、3ヶ月や6ヶ月といった「時間」が必要になるからです。
それを理解するには、海外旅行の燃料サーチャージをイメージして頂けると分かりやすいかと思います。
旅行に行くときの燃料サーチャージは、航空会社などが3ヶ月や6ヶ月前に取引したレートがベースになっていて、足元の原油価格とは乖離していることが少なくありません。
そして、今回紹介するFXのトレード戦略は、この「時間差」を利用して、トレードを行うという方法になります。
具体的には、2015年のように原油価格が急落しているにも関わらず、ドル円のレートが円安で推移しているときに、その”しわ寄せ”がいつか必ず、貿易収支に及び、そして、やがてドル円に円高圧力がかかるということを想定して、ドル売り/円買いのポジションを作っていき、そして、実際に円高が起こるのを待つといった形になります。
ただ、注意をしなくてはいけないのは、原油価格が下落をしているにも関わらず、日本の貿易赤字が縮小されなかったり、貿易黒字が拡大しないというケースで、貿易収支の状況を正確に把握するためにも、「財務省の貿易統計速報」などで、貿易収支の動向はしっかりとチェックをしておきましょう。
〇貿易黒字縮小では為替に反映されないこともある
ここまで日本の貿易収支の変動が為替レートに影響を与えることが多いということを説明してきましたが、日本の貿易収支がいつも為替レートに連動するというわけでは、決してありません。
例えば、その一つがリーマンショックがあった2008年~2009年の金融危機です。
出典/財務省 -貿易統計-
財務省の貿易統計を確認すると、リーマンショックに代表される金融危機が起こった2008年、2009年は、日本の貿易黒字が急激に減少していることが分かります。
しかし、その当時(2008-2009)のドル円は貿易黒字が大幅に縮小しているにもかかわらず円高が進行し、そして、その後の2010年、2011年を見ても円高は一向に止まっていません。
過去の値動きを見ても、日本の貿易黒字が縮小傾向になると、多くの場合、ドル高圧力=円安圧力が掛かり、ドル円はドル高円安に向かうことがほとんどでした。
しかし、2008年から2011年までの米ドル円は、例外的な動きとも言える値動きで、円が独歩高を続けています。
今となっても、背景に何があったのかということを正確に把握するのは極めて困難ですが、あれだけの規模の金融危機が起こった場合、実需を上回る為替の取引が行われたと判断せざるを得ず、いくら実需がドル円の為替レートに与える影響が大きいとは言え、”必ず”というわけではないのがお分かり頂けるかと思います。
つまり、多くの場合、ドル円の為替レートは、日本の貿易収支と連動しますが、世界的な経済危機や金融危機が起こり、貿易そのものが縮小傾向にあるときは、実需を上回る別の要因で為替レートが決まる可能性があり、それを踏まえたトレードをする必要があるということになります。
まとめ
「貿易赤字と円安×貿易黒字と円高|貿易統計から円高・円安を探る方法」と題してお送りしてきましたが、いかがでしたでしょうか。
金融危機時の例外的な円高進行などがあるものの、多くの場合、日本の貿易収支がドル円の為替レートに大きな影響を及ぼしているということがお分かり頂けたのではと思います。
本記事が、FXのトレード戦略に少しでもお役に立てれば、幸いです!